彩・きもの通信

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彩の歳時記 令和2年4月

2020.03.31

その子二十  櫛にながるる黒髪のおごりの  春のうつくしきかな

与謝野晶子【1872~1942】


その娘は今まさに二十歳。髪を櫛で梳かせば流れるような艶やかな黒髪、誇りに満ちた青春の何と美しい事。」

二十歳とはロングヘアをなびかせて畏(おそ)れを知らぬ春のビーナス

俵万智【1962~】


チョコレート語訳として『俵』が現代の三十一文字(みそひともじ)訳を試みた歌


春は散歩が楽しい季節、一歩外に出れば、色とりどりの美しい花たちに心も弾みます。
若さ溢れる新しい人々に似つかわしい光が戸外を照らします。 今も昔も、若い女の子の
声や姿は周りを明るく照らしてくれます。多少の誇りと傲(おご)りと傲慢も若さゆえでしょうか。
そのような情景を詠んだ近代短歌の嚆矢、与謝野晶子の感性は時代を超え、今も生き続けています。
四月の暦 卯の花の咲く「卯月・うづき」

1日 エイプリルフール 

罪のない嘘をついて良いとされる日。日本では「四月馬鹿・万愚節」。
新会計年度 明治時代、国の赤字を隠蔽するために、三か月分を早く繰り越し、会計年度を四月にし、学校制度もそれに準じたと言われる。国や企業によって「年度」の始まりは違っている。

4日 清明(せいめい)【二十四節気】

春先の清らかで生き生きとした様子「清浄明潔」の略。

8日 潅仏会(かんぶつえ)〔花祭り・花供養)

仏教の開祖・釈迦の誕生日とされる日、釈迦の立像に甘茶を
そそぐのは釈迦の誕生時、八大竜王が喜びのあまり甘露の雨を降らせた事に由来。

8日 虚子忌 

明治・大正・昭和の三代にわたる俳人・小説家、高浜虚子【1874~1959】の忌日。
「虚子」の命名は同郷の俳人、正岡子規。俳誌「ほとゝぎす」を松山から東京に移し
「ホトトギス」と改名、子規の協力を得て編集発行。明治38年、漱石が書いた「吾輩は猫である」を誌上に発表した。『ホトトギス』の理念「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱し、多くの優れた俳人を育成した。現在、ホトトギス社主宰は高浜虚子の孫、稲畑汀子【1931~】の子、稲畑廣太郎氏【1957~】が継承。明治、大正、昭和、平成・令和の五代の最古の俳誌としての歴史に輝いている。

13日 啄木忌 

漂白の詩人・石川啄木【1886~1912】の忌日。岩手県盛岡生まれ。
故郷の渋民村から函館・札幌・小樽・釧路で主に新聞記者として働き、上京。
ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく 「そ」は訛りの意
苦難の人生で、そこから生まれた作品は今も人気が高い。与謝野晶子を姉と慕い、家によく来訪、与謝野鉄幹主宰の『明星』の中心人物、吉井勇、北原白秋、森鴎外等の影響を受けた。
 はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る
今なお多くの共感を得ている有名な歌は、第一歌集『一握の砂』より。

19日 穀雨(こくう)【二十四節気】

春雨が百穀を潤すが、特に雨が多い時期ではない。

29日 昭和の日 

昭和天皇の誕生日で2006年まではみどりの日。
平成三十年余りが幕を閉じ、昭和も遠くなりつつある。
ゴールデンウィークの始まりの日。

4月の歌 「結婚しようよ」

1972年 詞・曲 吉田拓郎【1946~】
それまでアンダーグランドと考えられていたフォークをメジャーに押し上げた曲。
J-POPの原点とも評される。1972年2月に発生したあさま山荘事件の頃から全国
的にヒットしはじめ、春の訪れとともに大ヒット。この頃、政治の季節も収束して
いて「僕の髪が肩までのびたら結婚しよう」という言葉はその裏に、挫折した物
だけが知る鋭い痛みがあり、当時髪を伸ばすとはひとつの姿勢の象徴だった。

僕の髪が肩までのびて 君と同じになったら 約束どおり町の教会で
 結婚しようよ MMMM 古いギターをボロンと鳴らそう 白いチャペルが見えたら
仲間を呼んで花をもらおう 結婚しようよ MMMM もうすぐ春がペンキを肩に
お花畑の中を散歩にくるよ そしたら君は窓をあけて エクボを見せる僕のために
僕は君をさらいにくるよ 結婚しようよ MMMM

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