目次
在原業平【825~880】
(訳)遠い神世の昔にも聞いたことがなかったであろう、竜田川の水を唐紅の色にくくり染にする光景なんて。
紅葉が流れる竜田川を絞り染めの織物になぞらえ、山川の神が水を染色したと見ている奇抜で紅葉色彩が鮮やかに目に浮かぶような華麗な歌。六歌仙で平安時代きってのプレーボーイ、伊勢物語に「昔男ありけり」と謳われた業平が元の恋人藤原高子を帝の后に召された時に作った屏風歌[屏風の絵に合わせて脇につけた和歌]。「千早(ちはや)ぶる」は神の枕詞「千=激しい」「はや=敏捷に」「ぶる=ふるまう」で、古典落語や競技かるたを題材にしたアニメもあります。竜田川は奈良県斑鳩町を流れる川で近くに法隆寺、斑鳩の里を置く紅葉狩の名所。寒さに向かい寂しさが漂う中、色鮮やかに柔らかい光を浴びて輝く「紅葉」は心身共に暖かく包んでくれるよう、外に出て満喫したいものです。
霜月 霜が降る月に由来。他に雪待月、雪見月 仲冬など。
茶道ではこの日から一番目の亥(い)の日に風炉(ふろ)を閉じ炉(ろ)を開く。
炉開きや左官老い行く鬢(びん)の霜 芭蕉
詩人・北原白秋【1885~1942】の忌日。没後80年。福岡県柳川藩御用達の海産物問屋を営む旧家(現・白秋生家)に生まれ、早稲田大学で学業の傍ら、処女詩集「邪宗門」、詩集「思ひ出」を発表、名実ともに詩壇の第一人者に。膨大な童謡や校歌の作詞も手掛けるが、姦通罪による逮捕など、スキャンダラスな稀代の天才として波乱万丈の日々は、2019年公開の映画『この道』に描かれている。
皇居で文化勲章授与式。芸術庁主催の芸術祭が開催。
日本武尊(やまとたけるのみこと)が戦勝祈願を鷲宮神社で、祝勝を花畑大鷲神社で行った伝承に基づく。
1838年の「東都歳事記=浅草田圃酉の市」の挿絵「鷲大明神の賑い」に添えられた句。
春をまつ ことのはじめや 酉の市 宝井其角
冬が立つ日。木枯らし、落葉、初雪の知らせも。
くもり来て 二の酉の夜の あたゝかに 久保田万太郎
陽射しが弱まり冷え込みが厳しく、落葉、平地に初雪が舞い始める頃。
「勤労を尊び生産を祝い、国民が互いに感謝し合う」日。
今年、生誕150年の近代女性小説家の嚆矢、樋口一葉【1872~1896】の忌日。千代田区内幸町生まれ。生活苦により住所を転々とする過程(台東区竜泉、文京区本郷など)で『たけくらべ』『にごりえ』等 を執筆、『たけくらべ』は森鴎外、幸田露伴等に絶賛される。美しく簡易な文体で現実の生活を表現し女性蔑視の時代に『にごりえ』のヒロインの独白「われは女成けるものを・・」は秀逸。
三の酉まである年は火事が多いと言われ、火の用心につとめる。
11月の歌 『この道』
詞:北原白秋【1885~1942】
曲:山田耕筰【1886~1965】
歌詞にある「あかしや」は北米原産のニセアカシアで、本来のアカシアと別。歌詞(1-2番)は白秋が晩年に旅行した北海道、(3-4番)は母の実家・熊本県南関町から柳川までの道の情景。1927年に藤原義江【1898~1976】の歌唱でレコード化。藤原は藤原歌劇団を創設した日本オペラ歌手。また、1959年公開の 日本映画『いつか来た道』では来日中のウィーン少年合唱団が出演、歌唱している。
この道はいつか来た道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる
あの丘はいつか見た丘
ああ そうだよ
ほら白い時計台だよ
この道はいつか来た道
ああ そうだよ
お母さまと馬車で行ったよ
あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ
山査子さんざしの枝もたれてる
・-トップページに戻る―・