
いったい誰を昔馴染みの友とすればいいのだろうか。長寿で有名な高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。
藤原興風『古今集』百人一首
老や離別を通し、理解し合える「友」がいかに尊いかを、友の死による寂しさと孤独感を自分に問いかけて詠んだ歌。「高砂の松」は播磨国(兵庫県高砂市)の松で、世阿弥【1363-1443】の代表的な能『高砂』の中の祝言曲の松。住吉(現、大阪住吉区)の「住の江の松」と「相生(あいおい)の松」として、夫婦愛と長寿の象徴。「高砂や、この浦舟に帆を上げて…」の一節は特に有名。松はその永遠性「移り行く季節に葉を落とさず変わらぬ色をたたえ続ける」ことから、神様の依り代として、今も正月の門松や〆飾りに。震災で残った陸前高田の「奇跡の一本松」も周りに四万本もの松が植えられ、成長復興のシンボルに。正月に松を身近に配して、長寿に感謝を。
目次
睦月
「睦」は仲よくする意、新年を祝い、家族や親族が集まり親しむ月。
「元」は一番初めの意、年神様を迎え、新年の始まりを祝う日。
四方拝
天皇が早朝に伊勢神宮、歴代の天皇が眠る山陵、四方の神々に向かい拝礼する祭祀。
新年祝賀の儀
天皇皇后両陛下・皇族の方々が、三権の長「衆議院と参議院の議長)・内閣総理大臣・最高裁判所長の四人」在日大使とその配偶者から新年の祝賀を受けられる儀式。
天皇皇后両陛下・皇族の方々が宮殿東庭長和殿ベランダにお出ましになり国民から祝賀を受けられる。今年は悠仁さまが初めて出席される見通し。
今年は102回。創設のきっかけは「日本陸上の父」金栗四三【1891-1983】が「五輪で日本を強くするには、マラソン選手を育成すること」と発案。区間は「大手町読売新聞社前~ 箱根町芦ノ湖駐車場」の往復。品川駅に出場する全チームのたすきを模した装飾が登場。昨年の1・2・3位は、青山・駒沢、国学院大学。五日 官公庁御用始め 明治六年の法律で官公庁の新年最初の仕事始めだが土・日の場合は直後の月曜日。
寒中見舞い(喪中の年賀状への返信や喪中の挨拶)を送る風習がある。
(五節供の一)古代中国の元日から一日ごとに鶏狗羊猪牛馬と畜獣を占い、7日に人を占って「人日(じんじつ)」と称された「七日正月」に倣った催事と、 平安時代の「若菜摘み」が習合し「七草粥」を食べ、邪気を払う行事に。
正月飾り等を燃やす。10日や15日に行う地方が多い。
武家の行事で具足開き(鎧や兜に供えた餅を雑煮などにした)に由来。切ると 切腹に通じると手や木槌で割り開く。餅を食べ、年神様の力を取り込み無病息災を祈願する。
第二月曜日。日本独特の行事。2022年に成人年齢が18歳へと変更されたが「成人式」を「二十歳のつどい」などの名称で式典が催される。民族衣装 の着物は世界的評価が高く、振袖は「振る動作」が神様を呼び、厄を払うと言われる。
1995年M・7.3の国内初の震度7を観測。発生当時は戦後の日本において最悪の被害、死者約6434人、約46万世帯が全半壊。震災の記憶を風化させないため「防災とボランティアの日」15日〜21日を「防災とボランティア週間」とし、全国で啓発活動。
一年で最も寒い期間。
「大寒に まけじと老の 起居
松竹梅
曲 小林亜星【1932-2021】 1970年
『松竹梅』は歳寒三友(さいかんのさんゆう)」と言い、寒い冬(歳寒)に耐え忍ぶ三つの友を指し、中国の文人が好んだ画題。清廉潔白や節操の象徴。日本ではめでたい吉祥文様として定着松・竹は寒中でも緑を保ち、梅は寒中に花を咲かせることから。寿司やうなぎ料理等のランク(特上・上・並)にも。清酒「松竹梅」は、大正9年に灘の酒造家・井上信次郎が命名、当時は濃厚酒として珍重された。1970年代、宝酒造が石原裕次郎を広告に起用「慶祝路線」のCMソングとして親しまれた。【百薬の長】の由来は適度の飲酒は 「リラックス効果」 「心血管疾患リスクの低減」など、薬のような効能があるからとの言われる。
のむこと すなわち
よろこびさ よろこびのさけ
しょうちくばい
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