
松尾芭蕉【1644-1694】
何度口ずさんでも味わい深く、誰しもの思いが拡がる句。(1688)年、旧暦三月久しぶりに故郷(伊賀)を訪れた芭蕉が、二十年以上昔に仕えた主君、藤堂良忠(俳名・蝉吟)【1642-1666】の下屋敷に招かれ、享年二十五才であった主君の子息良長の謁見時に詠んだ句。当時二十三歳だった 四十四歳の芭蕉が、高名な俳諧師として、二十年の歳月に想いを巡らす様子が窺われます。難解な言葉は一語もなく平易な句で、桜への深い思いが感じられのは、桜が持つ「不思議な力」「思いださせる力」なのでしょうか。二十年前に見た桜の思い出、そして今年の桜は、何処で誰と見るの でしょうか。また新しい桜の想い出が生まれますよう、春を待ちたいものです。
目次
弥生「弥」は(ますます・いよいよ)「生」は草木が生きる=芽吹く月。
中国伝来の五節供(上巳・七草・端午・七夕・重陽)の一つ。上巳は本来、三月の最初の巳の日で季節の変わり目の行事。もとは紙の人形=形代(かたしろ)に穢れを移し川に流す「流し雛」で「枕草子・源氏物語」にも登場する貴族の子女のままごと「ひいな遊び」と融合し、江戸時代に鑑賞用の豪華な人形に。女子の健やかな成長と健康を願う行事として現在も続く華やかな行事。
冬眠の虫が出てき始める。
1904(明治38)年、米の女性労働者が参政権を求め集会を開いた日。イタリア発祥の男性が女性に感謝しミモザを贈る日が世界的に。「ミモザの花言葉は感謝」。 第二次大戦最大の被害を出した日。八月の終戦記念日までの五か月に起きた原爆投下日本を壊滅的な状況に。二度と戦争をしない思いが現憲法に託されている。
2011(平成23)年に発生した(Mw)9.0の観測史上最大の地震から早15年。度々、発生する日本各地の地震に、改めて「中国・インドネシア・イラン」に次ぎ、世界四位の地震大国である事を認識し防災対策や原子力発電所の再開などにも目を向けたい日。
奈良東大寺二月堂で一日から十四日にかけて行われる「修二会(しゅにえ)=1200年余り不断の年中行事」のハイライトの日。天下泰平や五穀豊穣を願う。深夜に若狭から水を汲み、夜は籠松明(かごたいまつ)が本堂回廊を駆け抜ける。その火の粉を浴びると一年間無病息災で過ごせると言われ、観衆で賑わう。
国民の祝日 前後七日間が彼岸。春の彼岸の中日。
ドイツの作曲家・ルードヴィッヒ・ベートーベン【1770~1827】の忌日。 没後200年(2027年)に向け、合唱団や演奏家がプロジクトを立ち上げ、彼の作品のメモリアル演奏活動や録音計画が進行中。クラッシック音楽史上、極めて重要な作曲家で古典派の集大成、ロマン派の先駆として、後に続く音楽家に多大 な影響を与えた。『英雄』『運命』『交響曲第九番』は革命的とされる。
さくら さくら
1994年 詞.曲 松任谷由美【1954-】
日本古謡の表記だが、実は幕末の江戸の筝曲 「さいた桜」に「さいた桜 / 花見て戻る」の歌詞が付いたもの.旋律は平調子「箏曲の最も基本となる調子」で調弦すれば、ほぼ隣の弦への移動で弾くことができ、子供の手ほどき曲として使われ、遊び歌にも転用伝播した。1888年(明治21)の「箏曲集」に記載、以降、歌として人口に膾炙。歌詞が二種、旋律も三種あり、微妙に異なり、誰もが知るわりには、案外最後まで歌えない摩訶不思議な歌。プッチーニのオペラ『蝶々夫人』にも使用。日本の代表歌として国際的な場面で歌われることも多く、世界的にも日本の代表曲として有名。
さくら さくら野山も里も
見わたす限りかすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら 花ざかり
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