
「牡丹の花が咲き始めてから散るまでの二十日間、洛陽の町の人は皆正気を失ったかのように(牡丹の美しさに)熱狂する。」
白居易【772-846】の詩『牡丹芳』の一節。牡丹の美しさに熱狂する人々の様子を描いた有名な詩。「牡丹」は薬用として奈良時代に中国から伝来、根の皮は血の滞りを解消し鎮痛作用があるとされ寺院で栽培されました。華やかで気品があり、豪華絢爛な姿は古くから文学や絵画・着物の文様などに多く取り入れられ親しまれてきました。李白も楊貴妃を牡丹に譬えています。四月は牡丹の見頃で名所も多く、徳川家康を御祭神とする上野東照宮の牡丹苑は有名で 『春のぼたん祭』が開催されます、百花繚乱の季節、自然の華やかさに身を委ねてみたいものです。
目次
卯月 ウツギ(卯の花)が咲く「卯の花月」稲の苗を 植え月(うえづき)が転じたとも。
欧米が発祥とされ。罪のない嘘をついて良いとされる日。日本では「四月馬鹿」として拡がったが、報道など人騒がせということで段々流行らなくなった
桜など草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れて来る頃。
釈迦【BC463~383?】の誕生日とされる日。誕生時、八王竜王が喜びの甘露の雨を降らせた伝説から寺院では釈迦像に甘茶をそそぐ儀式が行われる。浅草寺野の甘茶かけ、西新井大師では牡丹の時期に合わせて「万燈神輿(まんどうみこし)が参道や境内を巡行、巣鴨の高岩寺では稚児行列が行われる。根津神社のつつじや 亀戸天神の藤も見頃を迎え、多くの観光客で賑わう百花繚乱の季節。
小説家、劇作家、放送作家。文化功労者、日本芸術院会員、第12代日本ペンクラブ会長。井上ひさし【1934-2010】の忌日。代表作『吉里吉里人』に因む。生まれ故郷山形県川西町で文学忌を開催。約70作に及ぶ戯曲『日本人のへそ』、『藪原検校』、『頭痛肩こり樋口一葉』など傑作を多数残し、没後も高く評価され続けている。特に原爆投下後の広島が舞台の『父と暮らせば』は英語、ドイツ語、中国語、ロシア語、アラビア語に翻訳・上演されている名作。「「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに書く」を信条とした。
望郷と漂泊の天才詩人、石川啄木【1886~1912】の忌日。岩手盛岡で生誕。生誕百四十年。優しい言葉で生活や社会を謳った 『一握の砂』や『悲しき玩具』収録の歌は現在も口遊まれ、古さを感じず、日常に寄り添い親しみやすい。井上ひさし作の戯曲『泣き虫なまいき石川啄木』は凄絶な晩年を描いた評伝劇。妻と母の確執や金田一京助との交流など描かれている。
・はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る
・友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ
・ふるさとの訛(なまり)なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく
「雨生百」より由来。雨が降って百穀を潤す。
昭和天皇誕生日、昭和64年、天皇が崩御の平成元年(1989)から「みどりの日」平成17年に(祝日法)が改正され、昭和の日に。
唐獅子牡丹
詞:水城一狼・佐伯清
曲:水城一狼 唄 高倉健【1931-2014】
1966年公開の映画『昭和残侠伝シリーズ』の主題歌。劇中歌の歌詞を改変高倉が謳った。決め台詞「死んでもらいます」が流行語に。百獣の王の「唐獅子」と百花の王「牡丹」の組み合わせは、吉祥・魔除け・守護の象徴で 伝統的意匠、1970年に三島由紀夫と楯の会が市ヶ谷へ向かう車中で本曲を歌ったという逸話や、全共闘の学生たちがバリケードの内側で好んで歌ったなどの逸話がある。国家や組織のあり方が問われた時代に、個人の信念を貫くことが強く共感された。
義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい 男の世界
幼なじみの 観音様にゃ 俺の心は
お見通し 背中(せな)で吠えてる
唐獅子牡丹 <後略>
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