平安時代の公家の装束や調度品に用いられた模様を有職文様(ゆうそくもんよう)と呼びます。その代表的な柄のひとつである菱文様。気品があり、優美で繊細な菱は現代のきものや帯の柄に受け継がれています。
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(※画像はすべて、彩きもの学院私物)
バリエーションも豊かで、多くの種類があります。 4枚の花びらの唐花を菱形に配した花菱、大小の花菱を空間を作って巧みに配列した先間菱(さきあいびし)<縁起を担いで 幸菱(さいわいびし)とも呼びます>、菱の中に二重にも三重にも同じ 菱を入れた入子菱 (いりこびし) 、在原業平ら平安貴族に流行した業平菱、その他に松菱、菊菱など、数えきれないほどたくさんの名前が付けられています。
シンプルな文様ながら雅な名の付いた菱ですから、 業平菱の帯には、伊勢物語をイメージして八橋模様のきものを合わせるなど、コーディネートにちょっとした遊び心をしのばせるのも、きものを着るときの楽しみのひとつです。
菱文様は古くは縄文土器にもあり、自然発生的に生み出された単純な形ですが、そのルーツは水草のヒシの葉や実の形ともいわれています。ヒシという植物は繁茂しやすいことから、子孫繁栄や無病息災の意味が込められています。
また、菱という形には豊かな意味が詰まっていて、 日本人には特別な形でもあるようです。雛祭りの菱餅の菱形は、大地や心臓の形から子供の成長を願う厄除けの思いが込められています。武田信玄の家紋でもある武田菱の菱形は、命と同じくらい大切なお米を作る田んぼを表しているそうです。
4本の斜線によって囲まれた単純な幾何学模様でありながら、このように様々な意味合いをもつ有職菱。 美しい色や形に心魅かれますが、その中には、自然と共に生きてきた私たちの祖先が残してくれたもの、幸せへの祈りや願いが込められているのです。
彩きもの学院新宿校校長。自身も生徒として彩きもの学院で学び、 講師の資格を取得。各校で講師として経験を積み、2015年に校長職に就く。2013年、きもの文化検定1級取得。
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