古来、人は雲を身近に感じ、愛で、観察してきました。天気予報などない時代、感性を研ぎ澄まして天気を予測するしかなかったのです。時に天候の変化は、飢謹や災害など命の危機にもつながってしまいます。 天候を左右する雲には大きな力があり、神や霊が宿っ ていると信じられていました。
中国では雲の形で吉凶を占い、めでたいことの前兆として現れる雲を「瑞雲」と称し、その中でも薬用キノコである盤芝に似た雲を「霊芝雲」と呼びました。 霊芝は乾燥しても腐らず原形を保ち、万年茸の別名を持つことから、不老不死の象徴とされ、霊芝雲は名君が現れる時に生じるといわれています。
このような思想が飛鳥時代に日本に伝わり、きものの文様にも取り入れられます。そして、時代とともに瑞祥性は薄れ、空に漂う姿から悠々自適な暮らし願ったり、繰り返し浮き立つ様から輪廻転生の意味を込めたりと日本的情緒が加わっていきます。
時間や空間の推移を想像させる装飾的効果として源氏物語絵巻に描かれた「源氏雲」、図案化した雲の中に文様をあしらった「雲取り」、天に昇り雲を起こして恵みの雨を降らせる龍と合わせた「雲龍」、風と雷を司る神と組み合わせた「風神雷神」など、現代のきものや帯には、雲と他のものを取り合わせ、表情豊かに描いたものがたくさんあります。
都会でも接することができる自然のひとつである雲。時代が変わっても、雲が浮かぶ空の碧さ、タ焼けの美しさは変わりません。日本人の感性や美意識を豊かに育んできた空を見上げ、先人に思いを馳せるのもいいものですね。
(写真・文)三浦由貴(みうら・ゆき)
彩きもの学院新宿校校長。自身も生徒として彩きもの学院で学び、 講師の資格を取得。各校で講師として経験を積み、2015年に校長職に就く。2013年、きもの文化検定1級取得。
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