菊は日本人に好まれる秋を代表する花です。菊というと仏花を連想する方もいるかもしれませんが、きものの文様としての菊は長寿を象徴する吉祥文様なのです。
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(※画像はすべて、彩きもの学院私物)
菊は奈良時代に薬草として中国から伝えられまし た。菊の群生地から流れ出た水を飲んだ村人が不老長寿を得たという菊水伝説に日本の貴族は強い憧れを抱きます。平安時代には、菊花を飾り、菊酒を飲みつつ長寿を願う「重陽の節句」が宮中の風習として定着します。重陽の節句を過ぎても長く咲く菊を「残菊」と呼びますが、残菊を愛でる美意識は、四季の移ろいに敏感な日本人特有のものかもしれません。
鎌倉時代には意匠化され、武家社会にも浸透していきます。代表的なものとして、「籬(まがき)に菊」、楠木正成の家紋「菊水」などが挙げられます。江戸時代には品種改良が進み、文様としての表現も広がります。種々の菊を組み台わせた「菊尽くし」、花弁を長く伸ばした「乱菊」、丸くデフォルメした「光琳菊」(「鰻頭菊」 「万寿菊」とも呼びます)などが考え出されます。
また、菊は皇室とのご縁が強い花でもあります。菊花のようなくすんだ黄色を承和色と呼びますが、これには、黄色の菊を愛した仁明天皇が皇位にあった平安時代の元号に由来します。また、天皇家の御紋として十六花弁の八重菊が定められたのは、後鳥羽上皇がお印として使っていたことからといわれています。
秋の花でありながら、季節を問わず用いられる菊。その文様の多様さからは、不老長寿への憧れの強さを伺い知ることができます。医療や科学が発達した現代にあっても、命の長さを事前に知ることはできません。 大切な人とできるだけ長い時間を過ごしたいという想いは、今も昔も変わらない願いなのかもしれません。
彩きもの学院新宿校校長。自身も生徒として彩きもの学院で学び、 講師の資格を取得。各校で講師として経験を積み、2015年に校長職に就く。2013年、きもの文化検定1級取得。
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