
「山紫水明」
涼しさをもたらす言葉「山紫水明」陽射しの中で、山が紫色に映え、川の水が澄み切って涼やかに流れる様は美しい自然の風景そのもの。 江戸後期の蘭学者・思想家の頼山陽【1780-1832】が京都の鴨川畔の書斎周辺の景色を詠んだ漢詩の中の言葉。大坂生まれながら、約30年間を過ごした広島瀬戸内の景色とも。名著『日本外史』は幕末から明治初期のベストセラーで特に尊王攘夷の武士に大きな影響を与えました。山陽が絶賛した山居は現存【頼山陽書斎山紫水明處】として開放されています。自宅にいながら、山紫水明を鑑賞できる時代。下界と 距離をとり、ゆったりする時を設けたいものです。
目次
葉月 旧暦では「秋」で葉が落ちる月だが、昨今は秋の気配さえも。
八朔(はっさく) 新穀の取入れや贈答をしたりする農耕行事。秀吉に国替え命じられた家康が初めて江戸入りした日で、大名等が正装(白帷子)で江戸城に登城し、遊郭でも遊女が白無垢を着た。
典型的な「金髪美女」の役で1950~60年代初頭にかけ最も人気のあったセックス。シンボル俳優、マリリンモンロー【1926-1962】の忌日。活躍した十五年程で興行収入が(現在の貨幣価値20億ドル)。没後も重要な大衆文化の代名詞的 存在として、多くのアート作品や映画の題材となっている。今年、生誕100周年にあたり、彼女の知られざる。真実や知性、ハリウッド黄金期の姿を振り返る公式写真集 や書籍の出版、記念イベントなどが世界中で注目を集めている。妖艶な肢体を揺らし歩く「モンロー・ウォーク」を初披露した『ナイアガラ』や『七年目の浮気』『お熱いのがお好き』などコメディアンヌとしての名作も多い。
「東北三大祭」は1959年に国鉄(当時)が青森ねぶた・秋田竿燈・仙台七夕の三つを「東北三大祭・周遊券」で発売したのが始まり。後に山形花笠祭を加え東北四大祭、現在は盛岡さんさ祭、福島わらじ祭を加え六大祭で、東北の夏を活気づける、
立秋を挟む二つの原爆忌(広島・長崎)と終戦記念日、お盆のある月。
1945年12月末までに約14万人が亡くなったと推計され、現在までに34万人以上の名前が平和記念公園の 原爆死没者名簿 に奉納されている。午前8時15分のサイレンと共に、ウェブサイトのもと、参列者や市民が一斉に黙祷をする。
秋立つ日。秋来ぬとにはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる。
広島から三日後、に被爆、約15万人が落命した
六月逝去した美輪明宏【1935-2026】は「愛があれば戦争なんて起こらない」と反戦を訴え続けた。
2016年からの祝日。当初の十二日予定は日航機墜落日のため、その前日に変更された。
府が主催の全国戦没者追悼式が催行。太平洋戦争の死者は日本は約310万人、太平洋地域で約2000万人。二度と終戦と呼ぶ日が来ないように。
古来からの祖先崇拝信仰と仏教が結びついた行事。
京都五山で送り火が焚かれ、精霊を再び冥府に送る。
「処」は「おさまる」の意なので暑が収まる時期。
マリリンモンロー・ノーリターン
詞・曲 野坂昭如【1930-2015】
1970年のヤマハ合歓の郷『音楽フェスティバル』で初演。この世の終焉や無気力さ諦観が テーマの退廃的で美しいメロディーが特徴。タイトルはモンロー主演映画『帰らざる河』 (River Of No Return)』のバックコーラス「ノー・リターン」。同名の著書『マリリンモン ローノーリターン』は現実逃避、性と死の狭間での人間の哀愁に満ちた妄想を描いた自伝的 小説。野坂は『火垂るの墓』等で知られる直木賞作家で政治家などの顔を持つ 人生の軸は戦争で「焼け跡闇市派」として常に戦争反対の立場から活動した。
この世はもうじき おしまいだ
あの町この町 鐘がなる
せつないせつない この夜を
どうするどうする あなたなら
マリリン・モンロー・ノー・リターン
ノー・リターン ノー・リターン
この世はもうじき おしまいだ
おれたちゃ毎晩 おまつりだ
むすんでひらいて 蓮の花
まんだらまんだら あさぼらけ
マリリン・モンロー・ノー・リターン
ノー・リターン ノー・リターン
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