
「林間暖酒焼紅葉、石上題詩掃緑苔」
唐の詩人・白居易(はっきょい/白楽天)【772-846】の詩『送王十八帰山寄題の仙遊寺』の一節。「林間に酒を暖めて紅葉を焼き、石上に詩を題して緑苔を掃う」「親友が山に帰るので、共によく遊んだ山寺で林の間に舞い散る紅葉を焚いて酒を煖め、石の上に緑の苔をはらって詩を作った」という詩。日本の『和漢朗詠集』『平家物語』や謡曲『紅葉狩』などに引用され、日本人の趣味や風雅の気持ちに寄り添う名句として多くの人に周知されています。東京の紅葉の名所は、明治神宮外苑のイチョウ並木を始め、高尾山の鮮やかなモミジ、国営昭和記念公園は、昼のバーベキューから夜のライトアップされた「紅葉狩」まで秋の夜長を満喫できます。心地よい「十月」、貴重な季節の一瞬を味わいたいものです。
目次
神無月 日本中の神々が出雲大社に集い、地元の神様が留守になる「神の無い月」
神無月 くれやすき日の色なれば 霜の下葉に風もたまらず 藤原定家【1162~1241】
平安から続く中国伝来の宮廷行事。官公庁や学校などで行われてきたが近年、気候変動、空調設備の普及などで、曖昧になりつつあるが、和服の世界では、 季節感を重要視しており、単衣から袷に、模様も季節の先取りをし、菊や椿など。
東京市発足の日。1943年(昭和18年)7月1日東京都誕生。都立、区市町村立の小中高学校は休校。都立施設が無料公開。都のシンボルマークはイチョウではなく、 東京都の頭文字「T」をデザインしたものであることは意外と知られていない。
噺家・古今亭志ん朝【1938~2001】の忌日。昭和の名人・五代目志ん生の次男。「明治生まれの両親のもと、江戸の風を受けて育った」江戸前正統派落語の最後の継承者。口跡(言葉遣い・声色など)の良さと華、気品で一世を風靡、没後25周年を迎える現在も人気や影響力は衰えず通販サイトやタワーレコードのオンラインで、広く親しまれている。
朝露が冷たい外気に晒されて凍る前の露(寒露)が降りる時期。
1964年、アジア初の東京オリンピックが開会した日。56年後、2020年の東京オリンピックはコロナ流行で、1年延期して「7月~8月」に開催された。
1964年の東京オリンピック開会式が行われた10月10日を記念して1966年に「体育の日」、2000年ハッピーマンデー制度で10月の第2月曜日になり、2020年の東京パラリンピック開催を機に、名称が「スポーツの日」に改定。
江戸の俳聖・松尾芭蕉【1624-1694】の忌日。三重県伊賀の人。滑稽諧謔の俳諧から蕉風【芸術性と文学性を持つ】俳諧に高めた。ドナルド・キーン等によって世界各国語に訳され「俳句(Haiku)」という形式で、世界の短詩型文学に大きな影響を与えた。「秋深きとなりは何をする人ぞ」は最晩年、深秋の病床での孤独感を詠んだ句。
霜が降り始めるほど朝晩の冷え込みが厳しくなる頃。十三夜「栗名月」後の月 中秋の名月が中国伝来に対し、日本独特の行事。十五夜と十三夜の月を同じ場所で眺めるのが良いとされ、片方だけは片見月として避けられる。
11月1日のカソリックの祝日「万聖節」の前夜祭で、アメリカなどでは、かぼちゃの提灯で魔女やお化けに変装した子供達 が家々を回って菓子などをもらう。古代ケルト族の秋の収穫祭。
誰もいない海
1970年、トワエモアの歌唱でヒット。曲は越路吹雪の夫、内藤法美【1929-1988】。
TVドラマ『越路吹雪物語』の主題歌。越路吹雪【1924-1980】は元宝塚の男役トップスターで、退団後、作詞家・翻訳家の岩谷時子【1919-2013】と共に多くのシャンソンを日本に紹介、日本の「シャンソンの女王・魅せる歌手」と称された。この曲で昭和47年レコード大賞特別賞受賞を受賞。港区元麻布 の麻善福寺に『愛の讃歌』と『ラストダンスは私に』の記念碑。
今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して人がゆきすぎても
私は忘れない海に約束したから
つらくても つらくても
死にはしないと 今はもう秋
誰もいない海 たった一つの
夢が破れても 私は忘れない砂に約束したから
淋しくても 淋しくても 死にはしないと
<後略>
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