
「金色の ちひさき鳥のかたちして 銀杏ちるなり 夕日の岡に」
与謝野晶子【1878-1952】
冬に向かい、街を鮮やかに染める銀杏並木。その金色に光る葉が、夕日を浴び舞い 散る様を小鳥に例えた、一枚の絵画のような美しく幻想的な短歌。イチョウの起源は約 2、3億年前で生きた化石と呼ばれ、現存種は1科1属1種のみで、日本では約百万年 前に絶滅、平安から鎌倉時代に中国から伝来。イチョウは古典では一切登場せず、近代 文学の与謝野晶子が最も多く歌に詠んでいます。温暖化で黄葉前に銀杏が落ちるとか。 明治神宮外苑の聖徳記念絵画館前のイチョウ並木 では、11月下旬~12月初旬「神宮 外苑いちょうまつり」が開催。秋色の空気の中に身をおき、ゆく秋を満喫してみるのも。
目次
霜月 霜の降り月 他に露隠葉月、雪待月
平安から続く中国伝来の宮廷行事。官公庁や学校などで行われてきたが近年、気候変動、空調設備の普及などで、曖昧になりつつあるが、和服の世界では、 季節感を重要視しており、単衣から袷に、模様も季節の先取りをし、菊や椿など。
1946年、新憲法公布の日。基本精神が「平和と文化」なので「文化」という言葉に当時、文化委員長で成立に深く関わった山本有三【1887-1974】がこだわり 『憲法において、如何なる國もまだやつたことのない戰爭放棄ということを宣言した重大な日でありまして、日本としては、この日は忘れ難い日なので、是非ともこの日は残したい。そうして戰爭放棄をしたということは、全く軍國主義でなくなり、又本当に平和を愛する建前から、あの宣言をしておるのでありますから・・・・』から「文化の日は自由と平和を愛する日」として制定された。
樋口一葉の名作『たけくらべ』の舞台「浅草鷲神社」は参拝客で賑わう。 縁起熊手は運を「かっこむ」福を「はきこむ」鷲の爪を模した熊手で「金運をわしづかむ」と。
立冬や 昨日につづく 朝かな 稲畑汀子【1931 – 2022】
平安時代の子の成長を祝う三つの儀式、髪置き・三歳、袴着・五歳帯解(おびとき)付け紐を外す七歳。徳川綱吉の長男・徳松の髪置祝い日が由来。昭和41年。きもの文化の普及と振興を図る目的で「着物の日」に制定されている。
くもり来て二の酉の夜のあたゝかに 久保田万太郎【1889-1963】
林一茶【1763-1828】の忌日。独自の俳風を確立して松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師。生誕地の現長野県信濃町(信濃国柏原)に記念館。200回忌を迎える今年は法要や記念講演、全国俳句大会の表彰式が行われる。
女性で初めて紙幣の肖像になった女流作家の嚆矢、樋口一葉【1872-1896】の忌日「貧しくても、女であっても誇りを持って生きられる」と問うた生き様を1984年井上ひさし主催の「こまつ座」で旗揚げ公演『頭痛肩こり樋口一葉』として上演。以来40年間700回余り上演、代表作『十三夜・大つごもり・にごりえ』のあらすじ が織り込まれる舞台は傑作。没後130年を迎える。台東区竜泉に「一葉記念館」
元は新嘗祭(天皇が自ら栽培した新米の収穫され神に捧げる飛鳥時代からの宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)稲を天に供え自らも食される。
落陽
詞 岡本おさみ【1942-2015】 曲 吉田拓郎【1946-】
岡本が北海道放浪時、出会った老人のサイコロ賭博に明け暮れるに至った人生とフェリーに乗る自分を見送りに来た老人との別れ際の情景を歌っている。前に進んでいるようで、どこか元の場所や無力さに立ち戻ってしまう人生の複雑さや切なさが表現され、安定した窮屈な暮らしと、すべてを失っても自由を生きる。
しぼったばかりの夕陽の赤が
水平線からもれている
苫小牧発・仙台行きフェリー
あのじいさんときたら
わざわざ見送ってくれたよ
おまけにテープをひろってね
女の子みたいにさ
みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく
<後略>
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