
「月々に 月見る月は多けれど 月見る月は この月の月」
「毎月のように観る月はあるけれど、名月を見る月といえばまさに今月の月であることよ」
9月と言えば、仲秋の名月、澄み渡った夜空に輝く「月」の満ち欠けに、日本人は諸行無常や趣きを見い出し、夏目漱石は「アイラブユー」を「月がきれいですね」と訳すなど独自の情緒を育んで来ました。三日月や満月の名称だけでなく。十六夜(いざよい)は、十五夜に比べ出るのが少し遅く、月がいざよう(ためらう)と、17日を立待月(たちまちづき)、18日を居待月(いまちつき)、19日を寝待月(ねまちつき)と呼ぶのは、月を観る人の姿勢に由来。窓辺に居ながら、月を待つひと時、秋の夜長をまったりと過ごし、いにしえの人の心に思いを馳せてみるのも。
目次
長月(ながつき) 秋の夜長から夜長月 長い時間、月が見られる。
M7.9 の関東大震災が発生した日。死者と行方不明者は10万人以上。犠牲者の9割は火災が原因。毎年、大規模な防災訓練が行われている。昨今、太平洋を取り 巻く環太平洋地帯に地震が多発していると言われ、防災の意識が高まってる。
富山県八尾町で元禄時代から約300年の歴史を有す伝統民謡行事。越中おわら節の哀切な旋律にのって、坂が多い道筋で「囃子、三味線、太鼓、胡弓」の音色が漂う中、編み笠姿の男女が無言で優雅に踊り歩く。収穫時の稲穂が台風に遭わないよう、風の神様を鎮め豊作を祈る。高橋治【1929-2105】の小説『風の盆恋歌』で全国的に。
朝露が白く草の葉に光る、近年の熱帯化で露を見る機会も少ない。
五節句の一。奇数(陽)の極・九が重なりめでたいとされ、平安の宮中行事に。 観菊の宴では、酒に菊の花を浮かべ飲み、邪気を払い長寿を願った。
俳人・歌人・国語学研究家で近代文学に多大な影響を及ぼした、正岡子規【1867~1902】の忌日。著書『歌よみに与ふる書』で「万葉への回帰」「写生による短歌」を提唱、平安期からの伝統的な価値観を否定、芭蕉の神格化に異議を唱え、与謝蕪村を高く評価した。
弟子に俳誌『ホトトギス』の主幹・高浜虚子や河東碧梧桐・伊藤左千夫等。台東区根岸に晩年の住居「子規庵」が現存。生誕地・愛媛松山に子規記念博物館。野球を愛し、「打者」「走者」「四球」など和訳し日本の野球発展に貢献。【今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな」
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」は代表句。 短い生涯に残した俳句の数は20万句ともいわれる。
元は15日の[老人の日]2007年に超高齢社会「高齢率20%以上」に。2025年、高齢率29.4%は世界1位。平均寿命は男性が81.3歳、女性が87.3歳で世界4位。
国民の祝日。秋彼岸[20日~26日]の中日。(暑さ寒さも彼岸まで)といわれるが、子規の母、八重【1845〜1927】の言葉に「毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは」とあるように「彼岸過ぎ」から、寒さも暑さも厳しいのは、昔から。
一年で最も空が澄み、月が満ち美しく見える夜。月見は中国伝来の宮廷行事。『竹取物語』のかぐや姫の昇天や『源氏物語』など、平安文学には不可欠の行事。江戸時代になると、庶民の収穫祭の意味合いが強くなり、団子や季節の食物を供えた。
セプテンバー
詞 松本隆【1949-】 曲 林哲司【1949-】
1979年のロングセラー。歌唱の竹内まりや【1955-】は「第21回日本レコード大賞」で新人賞受賞。竹内の実家は出雲大社の二の鳥居近くの明治十年(1888)創業の老舗旅館「竹野屋旅館」父親は四代目当主で大社町町長も務めた。夫の山下達郎【1953-】はクリスマスソングのロングセラー「クリスマス・イブ」の作者でヒットメーカー、他の歌手への楽曲提供も多く、互いの作品で作曲、編曲、コーラスなど手掛ける。
SEPTEMBER辛子色のジャケット追いながら
飛び乗った電車のドアいけないと知りながら
振り向けば隠れた街は
色づいたクレヨン
画涙まで染めて走る
年上の人と会う約束知ってて
Septemberそしてあなたは
September秋に変わった 後略
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